いつもWIKIをチェックしてしまうゆとりが、『ウィキペディア革命』の意味を語る

【あらすじ】


2007年夏、ある調査がフランスで話題となった。調査はウィキペディアによる教育の現場の混乱や、そこで不正確で悪意のある書き込みが日常化し政治的な 意図をもった情報操作も行われていることを明らかにした。単なるウィキペディア批判ではなく、集合知という情報システムそのものの可能性と内在する問題を 根本的に問い直す。


君はWIKIってる?

まずは前説のこちら記事を読んで頂くと理解がスムーズです⇒

『「みんなの意見」は案外正しい』を読んで多数決の正しさの証明ができる?!

群集をテーマに考える時、重要なものにウィキペディアの存在がある。

いまや世界中の人が認知し、ネット上に存在を置くフリー百科事典となったものである。

最大の特徴は誰でも編集、書き加えなどができ、いわゆるみんなの智恵を集めることによって記事を作っていくものである。さまざまな意見が是正しあい、より優れたものになっていくというこれはまさにWeb2.0の先駆けであり、また「集合知」を活用する集団の象徴となっている。

しかしウィキペディアも万能ではない。

それは大きく言えば記事の「でっち上げ」にある。フリーであり、だれでも編集できるからこそいろんな方向からの力は加わる。

ここでは「原理」からウィキペディアの存在意義を見てみる。   ガバナンス原理としてウィキペディアの側面が見えてきたときには、政治的な介入が入っているかもしれない。たとえば党の記事には作為的なものを含み、竹島問題のように論争的で、立場、意見、解釈に強い対立があるものなどを扇動して改ざんしていく動きは頻繁にあり、削除しては新規編集すえる、いわゆる「いたちごっこ」がおこなわれているのだ。

「改めて言うまでもなく、インターネットはオープンネットワークであり、スパム、ウィルス、サイバーテロ、炎上、個人情報の意図的な漏洩、名誉毀損、ネットいじめなど、匿名性に基づく秩序破壊行為、人権蹂躙行為といった無秩序への志向性(アナーキズム)の脅威に常に曝されている。さらに、政府、企業、特定の意図を持った集団による「制御」「管理・監視」「生活空間の組織化」「消費行動の組織化」などの「コントロール原理」も大きなベクトルとして作用している。」(『ウィキペディア革命』ピエール・アスリーヌ他 著 佐々木勉 訳120ページ)

誰でも書き直せるってことは

企業がこれに注目し、多少の記事の整頓、手入れ、自社の商品・サービスに好意的な記事を連ねることもざらにある。

それは「誰でも」が書き込めるからこその恐怖である。

そして多くの人がこの記事になんの違和感を覚えることもない。   たとえば悪意で書き換えられた瞬間の記事をたまたま目撃とする。

するとそこには情報操作が行われているにもかかわらず、人々がまともなものであると信じ、鵜呑みにされることで「情報の最優先ソース」として現存してしまうということもあるのだ。