「何者」(朝井リョウ)を見て、モヤモヤした『若者』は多いはず。誰もがタクトなのだから

【タイトルとあらすじ】

「何者」


何者』(なにもの)は朝井リョウの小説。2012年11月30日に、新潮社より書き下ろしで発刊。第148回直木三十五賞受賞作。

2016年10月15日に映画化作品が公開された。2017年秋に舞台化。


グサッとささる

主演者の5人が生き方を見つめる。それぞれの葛藤、揺れがテーマ。

映画の太い幹が演劇みたいなカルチャーにありつつ、また就活の右へ倣え感を誇張して映し出している。

なにより主人公:二宮拓人(佐藤健)の腐れ、廃れっぷりが見所だね。

「リア充爆発しろ」ってインターネット上で散在されるが呟いてる張本人をうまく実写化したような感じである。常に冷静で一歩引いて、生きてんのか死んでんのか分からない。そんな人間性。ツイッターでその人の裏側を確認し、検索して、自分と比較して、自分に優越な部分が少しでもあれば安心する。いつだって名刺を確認し、肩書きを見下しているのだろう。

頑張っている人を認められない腐った根性。

攻撃され始めた烏丸ギンジが可愛そうになるくらいの場面がある。

あれタバコ吸うんだっけ?かっこつけなんだろうな。

同じ劇団出身で、一歩先に行ってしまった烏丸ギンジの穴をひたすら探す拓人。

「人脈ってのはなぁ」と悔し紛れに呟き始めてしまう。

彼は延々と”分析”の名の下に、毒づいていく。

「広告代理店は営業系だからクリエイトできないでしょ」

しかし先輩のサワ先輩(山田孝之)から言われた、「お前こそもっと想像力あるやつだと思ってたよ」がグサッと刺さる。

あぁ、分析って冷めてるってことなのかな

人間らしく生きるのって、それしすぎちゃダメなのかな。考えさせられる。視聴者も。

1つ確信して言えるのは菅田将暉演じるコータローの性格が一番社会に適正あると思うのだ。

分析より何より当たって砕けた方がいい。

就職を否定しまくる、夢見るたかよしくん(岡田将生)

有村架純からの痛烈な一言。

「頭の中にあるうちはなんだって傑作なんだよ」

生きづらいっす生きづらいっす。大学生とは何者だ。

「もうそういう所まで来ちゃってるんだ」

二宮拓人(佐藤健)は友達の内定も喜べないのか。

タバコ吸って踏ん反り返って。サワ先輩の目線が痛い。

これはキョロ充って言葉が出てきた2015年の映画?まさに言葉の代名詞。

内定ってなんだろうな。社会に認められたことなのかな。

誰もが何者かを演じている

この話の根本にあるのはきっと嫉妬心(エンビー)だ。

後半最後のあたりに怒涛の展開が繰り広げられる。

リカは友人が内定受かった会社のエリア職はブラックなのか、総文書院(2ちゃんねるもどき)の評判を見る。検索する。見て、悪口だけを探す。悪いことだけしか見ない。自分は安心する。そもそもエリア職って総合職と違うよね?私は総合職しか興味ないし。

誰が上手くいってもつまらないのだ。

「みんなの事笑ってるでしょ」とリカが主人公を糾弾する。

もう1つのツイッターアカウントを発見される。怖い。ただただ観察者の自分がばれた。

「自分の努力を実況中継してないと、立ってられないから。痛くても、自分の理想に近づけようと頑張ってるんだよ」リカが泣いた。

ここだけ見たらヒューマンホラーの映画だよ。

その後岡田将生が放った一言から真実が明かされる。伏線の回収が圧倒的スピードで起こる。

「教えてくれよ、だってお前が一番詳しいだろ、就活2年目なんだからさ」

後半で真実が見えてきた。恐怖の裏の答え合わせの始まりだ。

裏アカの闇。冷めた主人公。彼は前年、就活に失敗していた。

この人はこうだ、だからこうなんだ。この行動は、こうだけど、やっぱりダメだろ。

自分の分析は最高だ。いや、分析って行為は最高なのかと視聴者に問いかけるメッセージ。

演劇の舞台という人生でみんなが何者かを演じてる。つまらない。つまらないなと感じているある主人公がそこにいました。

そんなストーリーの舞台。舞台だったのだ。

今年も内定が出ない。理由がわからない。

そのもう1つのツイッターアカウントは「何者 nanimono」

いやー映画監督のセンスがあふれ出ている。音楽は中田ヤスタカなのもポイントだ。

松山ケンイチが最大の好敵手烏丸ギンジだったってことが役と合ってた。

そして映画のラストシーン、最後に、烏丸ギンジ講演見に行ったんだ、皮を破ったんだな。佐藤

SNSの反響・盛り上がり

最後に作中のプチっと名言をどう

「就活は終わったけど、何者にもなれたきがしねぇよ」

「とにかく、自分じゃない誰かになれる場所が欲しいんだよね?」