『「みんなの意見」は案外正しい』を読んで多数決の正しさの証明ができる

【あらすじ】


集団において情報を寄せ集めることで、その集団が出す結論は集団の中の個人の誰が考えるよりもよい結論を導くことができるという考えが書かれてい る。本書では複数のケーススタディを示すとともに、逸話を用いて議論したり、初等的な社会学や心理学などいくつかの分野の観点から群衆の英知に触れてい る。

最初の話では、カウンティフェアでの群集による雄牛の体重予想をまとめた平均値が、正味の体重とほぼ一致したというフランシス・ゴルトンの驚きのエピソードである(平均値はどんな牛の専門家による予想値よりも誤差が少なかった)。

本書は伝統的に理解されてきた群集心理学だけでなく、個々の決断による意見の多様性にも触れる。伝統的群集心理学での定説では、独立した個々の意見 を集約すると、その決断や予測は、個々(専門家であろうとも)よりも良いものになることが、多くの統計サンプリングから浮き出してくる類似点である。この ことは統計的観点からの議論が、本書の中で持たれている。


テーマとなるものは「群衆」である。

近年、集団の意見というものがとても重要視されている。

言うならば、「みんなで作り上げて行く社会」である。

集団の行動を利用する形で有名なのは検索システムページランクシステム(貼られたリンク数が多いほど優良サイトであると自動認識するもの)を作って検索精度を向上させたグーグルや、有志の知恵によるオープンソースであるウィキペディア、専門家だけでなく一般人を巻き込んだ裁判員制度などを挙げている。

「みんなの意見」は正しいのか?

『「みんなの意見」は案外正しい』の著者J・スロウィッキーによれば、多様性のある、自立した個人の意見を集約できる場所に、集団の知恵がうまれるらしい。彼は集団の知恵と専門家の知恵の価値について、

「情報通で、手法も洗練されたアナリストが正しい意思決定に役に立たないと言っているのではない。ここで言おうとしているのは、専門家がどんなに情報を豊富に持っていて手法が洗練されていても、それ以外の人の多様な意見も合わせて考えないと、専門家のアドバイスや予想は活かしきれないということだ。これは組織の問題を一人で解決してくれる専門家を追い求めるのは時間の無駄だということでもある。」 (引用:『「みんなの意見」は案外正しい』ジェームズ・スロウィッキー201ページ)

と述べている。

ネット時代は知識の流通スピードも速いから専門知の陳腐化も速くなる。多角的な考え方である「集合知」と、より深く考える「専門知」の両方を活かせる人が、次世代の「専門家」の姿なのかもしれない。

まず集団の知恵がはたらく賢い集団の要件として、以下の4要素がまとめられている。

1.意見の多様性 (各人が独自の私的情報を多少なりとも持っている)

2.独立性    (他者の考えに左右されない)

3.分散性    (身近な情報に特化し、それを利用できる)

4.集約性    (個々人の意見を集約して集団の一つの判断にするメカニズムの存在)

「この4つの要件を満たした集団は、正確な判断が下しやすいのである。なぜだろうか?多様で、自立した個人から構成される、ある程度の規模の集団に予測や推測をしてもらう。その集団の回答を平均すると一人ひとりの個人が回答を出す過程で犯した間違いが相殺される。言ってみれば、個人の回答には(情報)と(間違い)という二つの要素がある。算数のようなもので、間違いを引き算したら情報が残るというわけだ。」 (引用:『「みんなの意見」は案外正しい』ジェームズ・スロウィッキー239ページ)

しかし、現実の世界では議論となれば、専門家や“声の大きい人”の意見に流されてしまい、賢い集団の4要件を揃えるには、難関がいくつもあるため容易ではないのである。

そしてたとえうまく理想の状態になったとしても、「みんなの意見は案外正しい」というこれの抱える根本的な問題は、ある時点を過ぎると自分が持っている私的情報に関心を払う代わりに、 周りの人の行動、特に権力などの大きな存在のものを真似することが合理的に思える点 にある。

それは強いものはますます富み、弱いものはますます落ちていくものである。 みんなの意見への考え方をここに記す。byゆとり管理人