Viva La Revolution ”Dragon Ashが求めた革命”

【曲の情報】


Viva La Revolution リリース: 1999年7月23日

ブルーハーツが好きだった降谷建志は高校在籍時からRockバンドデビューし、自分の思いを歌詞に込め、歌い上げてきました。それから弱冠20歳で「革命」を起こし多くの同世代の若者を勇気づけました。

そしてジャンルもHipHop、Mixture、Latinへと降谷のインスピレーションのまま進化しました。この曲(アルバム)はDragon Ashがいかに変化するかの途中のあぜ道。

収録曲には詰まっていると思います。歌詞の意味を読み取っていきましょう。

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革命万歳

この曲は当時20歳のKJが「このままじゃいけない、何か変えないといけない、自分達が革命を起こすんだ」と全身全霊の自分をリリックに込めて書き上げた歌でした。

あれから20年近く経つけれど、引きこもりやNEET、ウイルス(コロナ)が増えてきた今のこの世の中にこそ、合っているなと思ったりしました☆いつも励まされます!

太陽は窓の外をあざやかに照らしまた新しい一日もたらし
脱ぎっぱなしの靴はいたところで空飛べるはずもないし

太陽はいつものように真新しい機会を紡いでくれるのに。。

脱ぎっぱなしの靴は日常のメタファ。僕は靴を履いて新規一転出かけようにも、きっと空は飛べないだろう。

はるか遠くの地では残酷な日々が続くのにこんな僕達
ちっぽけな壁を目の前に立ちすくんでるような

世界のどこかではいまだに戦争が続いている。残酷な死線に生きる人々の暮らしがある。

そんな日々があるのに、日本(もしくは平和な国全般)の僕らは、こんな小さな事にビビって前も進めない。いつもの靴を履いていつものような生活を歩む。

そう一人暗い部屋でうずくまったまま 何もせずにそれじゃ臆病なまま
時間が解決するって言ってそのまま 見て見ぬふりしてるならこのまま

何かを踏み出そう、でも怖い。

たとえば僕がブログを始める直前もそうだった。しょうもなく働き、言われた仕事をこなしていた。

最小の浪費と、最小の所得。生きてさえいれればいい。

きっと時間がたてば、宝くじに当たってお金持ちに自然となって幸せになるんだなんて妄想していた。問題に見て見ぬふりをしていた。今の自分のままじゃやばいってことに。

ここに立ってる意義がほしかった だから僕達必死で戦った
勝ちとった 小さなプライドポケットにつめ込んで

なぜ生きているのか。

自分はなぜこんな周りと比較しては下を見て安心しているのか。戦ってきたことはあるのか?いつも逃げてきたじゃないか。意味が欲しい。意義が欲しい。

少し頑張ってみようか。

頑張ったら結果がでた。やればできるじゃん。小さな勝利。俺はすごい。そんな自信をポケットにしまい込む。これの繰り返しが、革命のファンファーレ。

またここに立ってみる すこし誇らしげな顔の自分がいる
満面の笑みを浮かべているキミ達がすぐ目の前に見える

「またここに」

きっと戻ってきたんだね。同じ場所に

今度は勝ちとったプライドを持って帰ってきて。

思わず笑みがこぼれてしまうよ。

しがらみなく過ごした少年時代の絶え間なく響く笑い声も
無責任に描いた夢も過去の話今じゃもう

あの頃はよかった。なんの不安も心配もなく、ただアホで幼稚な単語に馬鹿笑いしていた同級生。

毎日工夫してくれるけどやっぱりカレーが美味しいお母さんの料理を金田一少年を見ながら食べつつ、お父さんと家の前の道路でキャッチボールをして、おばあちゃんに「またゲームをしているのかい」と小言を言われていた。

そんな過去の話。

鳴りやまない頭痛のたねは増え 膨らみ出す時間の波におびえ
逃げ場探す暇さえなく 刻一刻と刻む流れにゆられ

時は変わる。大人になる。悩むことは増え、時間の濃厚さにビビりだす。

でも逃げ場なんてない。どんどんと時は近づいてくる。

悩んでは解決し、事が起きては、また対応する。

時間の流れに揺られ揺られる。

過去を想い、時間の波に抗う、そしたら自然と流れてきた涙。
理由はわからない、ただこれだけの長い年月、存在してきたことや
この世の流れというものの尊大さに、ただただ涙を流すのだ。

人は太古の昔から、真っ赤な夕日を見て涙をながすことがあったらしい。それに近い。

革命の前夜、その美しさに感動するのだ。それはよくわからんけど、泣けるんだ。

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